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時が滲む朝

芥川賞は、今回も「文藝春秋」を買って読んだ。

受賞作の楊逸氏の「時が滲む朝」は、すらすら読めた。
天安門事件前後の当事者の人生などに、興味を覚えた。

但し、石原慎太郎氏が選評に書いていたが、
『彼らの人生を左右する不条理さ無慈悲さという
 根源的な主題についての書き込みが乏しく・・・』
同感である。

反面、川上弘美氏が書いていた様に、
『見知らぬ人たちなのに、この小説に出てくる人たちを、
 どんどん好きになってしまった・・・』
同じ思いだ。

大変な青春なのに!とても早く立ち直った。
大陸的か?だから悲惨さは感じられないのか?!

村上龍氏は、
「今回の候補作は全体的にレベルが非常に低く、
 また例によって「どうしてこんなことを小説として
 書かなくてはならないのか」・・・」と書いている。

枯木灘の中上健二氏の
荒っぽさが大変魅力的で、重厚な文章が懐かしい。

『時代だから?』と言うのは、寂しい・・・

受賞作に戻るが、
結果的には「日本語を母国語としない外国人作家の受賞」という
話題性が先行した。

北京オリンピックもあったことだし・・・
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